辻村深月シアター「ぼくのメジャースプーン」の感想。そして、主人公が抱える地獄とは。
5/25 マチネ
池袋サンシャイン劇場
それはメジャースプーンで悪意を測りとることではなく、悪意の中にメジャースプーンを投げ込むことだ。
ぼくのメジャースプーンとは、
能力を持った主人公が自分を糧に復讐を成し遂げようとする物話です。
その物語を私はどのように舞台化するのかと期待半面不安反面という感じでした。とても丁寧に再構築されていて、本当に感謝しかありません。見たいシーンを全てやってくださいました。
ここから原作者の大ファンなりのどうしても語りたかった感想をぶつけていきたいと思います。
前提
とても個人的なことなのですが、私は高校生になった「ぼく」の物語(ネタバレなので題名は伏せます)が辻村深月さんの一番最初に手に取った物語でした。なので、私はぼくのメジャースプーンを彼の過去の姿、ルーツとして見ている節があります。
そのようなスタンスで見ていることを加味して以下の感想を読んでいただければ幸いです。
舞台について
作品のまとめ方としては、先生との対話に焦点が当たっていて、スピード感や後味の良さを感じることが出来ました。舞台では心情描写をあまり語らないからその影響もあるのかも。小説の「緩やかな地獄」って感じも大好きなのですが、舞台の構成も最高に好きでした。
特に注目したのは「回想」から入るという点です。着地が明示化されることで、途中どんなに困難なことが起きても安心感が持てるという、確実にハピエンに持っていくという意思を強く感じました。
そして、原作ファンとしては回想という構図がありがたかったです。なぜなら、その時のその時の秋山先生の表情を見ることができるから。この表情が絶妙過ぎて……「ぼく」がこの話をしている時に秋先生はどんな顔なんだろうと常に観察してしまいました。特にふみちゃんに「ぼく」が声をかけようとするシーンが印象に残っています。他のシリーズの秋先生の姿と重なる上、考えすぎかもしれないけど、秋先生の表情がかなり痛みを伴うものであったように見えました。
この舞台で心から感謝したいことは「子どもたちは夜と遊ぶ」のキャラクターも「名前探しの放課後」のキャラクターもカットすることなく出して下さったことです。どうかどうかどっちも舞台化してください…………
キャスト別感想
ぼく
等身大の小学生であると同時に子供らしくない。それがとてもこの物語の「ぼく」らしいと感じました。私は田中くんの演技を去年のはじめての繭期2021で2回拝見しています。クラナッハとジュリオ。正直未だに同じ人が演じていたと脳が認識してくれません。声とか違いすぎない??田中くん完全に化ける役者さんであまりに魅力的すぎる……
舞台でハッとさせられた印象的な場面があります。ぼくの「声」を使ったときの目線の鋭さです。
私、小説を読んだ時点ではずっと彼は自分の贖罪に耐えきれなくなったのだと思っていたんです。だから自分が死ねる且つ犯人を捕まえられるあの作戦を決行したんだと。しかし、今回舞台を見て印象が変わりました。彼は死にたかったというよりも確実に犯人を仕留めることが出来る方法だからあれを決行したんだ。あの田中くんが演じたぼくの鋭い目線からそのように強く感じました。
ぼくの賢くて計算高いところが本当のぼくの姿であり、この「賢さ」が彼の小さな地獄なんですね。
私は神木隆之介くんのファンで、彼の孤独感や寂しさを感じる演技が大好きです。笑ってるのにどこか風にさらわれそうな、陰りや切なさを含むような、そんな顔が大好きで。田中くんから似た雰囲気を受け取りました。
そして田中くんの演技って水だなと感じています。限りなく澄み切っていて静かで、どんな形にも変化できる。本当に今後の成長を見てみたい俳優さんです。
そして、高校生になった「ぼく」めっちゃ似合いそうなので田中くんに演じて欲しい………お願いします……
秋山先生
秋山先生のチャーミングな部分の奥に怖い部分と容赦のない部分が見えて本当に感動しました。秋山先生も人間で、間違えるし狼狽えるんだなって。だからその最後の怒りの説得力が増すと思います。彼が「正解」ではないと気づくことが出来たのがこの舞台の最大の発見でした。
岡田さんの演技は刀ステ維伝で見ているのですが、こちらも脳内が同一人物であると認識してくれません。すごいお方だ。
「僕も何度かその手を使ったことがあります」
その言葉に揺さぶられました。秋山先生って「正解」では無いんですよ。そして自分が正しくないことに自覚的です。秋先生の容赦の無さ、もしかして何かバックボーンがあったりするんですかね……ずっとずっと若い時とかに……
先生が自身の因果の話をしている時に月子ちゃんが来るのが意味がわかると怖い話なんですよね…「今はただ報いを受ける時静かに待っている」。先生の報いはどんな人の形で現れるんだろう。
そして、秋先生の「声」。「手を離しなさい、さもないと――」で止めたの最高に好きな演出だった。容赦がない彼は犯人にどんな罰を提示したのでしょうか。
ほんとに凄かった…
子どもたちは夜と遊ぶもやって欲しいです…
幕間 大好きなセリフ3選
「先生、人間は他人のために泣くことは出来ないって本当ですか」
→田中くんの震える声が完璧すぎました。
「責任を感じるから、その人が悲しむのが嫌だから、そうやって自分のための気持ちで相手に執着する。その気持ちを人はそれでも愛と呼ぶんです。」
→秋山先生の怒りと愛情の共存がすごい。
「あなたの非力なナイトは一生懸命でしたよ。」
→岡田さんが優しさに満ち溢れていて思わず泣いてしまった。
ふみちゃん
等身大の小学生に見えました。見に行ったときに地面に座る時にオフマイクで「よいしょ」って言っていたのが聞こえて、本当に小学生だ……と感動した。ふみちゃんのハッピーパワーでこの物語の後味がさわやかになっていると強く感じます。
たかし/犯人
たかしって正義のひとなんですよね。めちゃくちゃ頭が良い。喧嘩を仲介したり、会話をまとめたり。(ふみちゃんを利用しようとするちょっと卑怯なところもありますが)
対して犯人はどうしようもない悪意。演じ分けが凄い。
また、動物園のシーンがチャーミングでした。黑世界の雷山がよぎりました笑
ともくん/動物園のお兄さん
ともくんと動物園のお兄さん同じ役者さんがやっているの本当に「わかる」んです。正直この点でめちゃくちゃ泣いてしまいました。そうです。彼らは同じ色をしてる。
あーちゃん/弁護士
自己表現する者と代弁する者。
めちゃくちゃ綺麗なお声で聞き取りやすくて素敵でした。
お母さん/研究室のお姉さん
どちらもぼくの避難所的存在。チャーミングでこのシリアスな舞台の緩和剤になっていました。
ふみちゃんのお母さん/先生
どちらも子どもたちを見守る者。優しさと大人のリアルさが同居していたとても素敵な人物像でした。
最後に。秋先生がかつて自分の能力の話をした際、「好きだった人のために」って文言で脳内にある人物が浮かんできました。私の大好きなある作品のキャラクターです。彼はもうこの物語にはいないけど、確かにそこに息づいていた痕跡を感じることが出来ました。本当にありがとうございます。
そして、どんな復讐をしますかのシーン、「子どもたちは夜と遊ぶ」を読んでいると解像度が最高になるので心からおすすめしておきます。 あの場面はそれぞれの考え方が反映されてている上、実はあるキャラクターの生き様のアンサーになっています。
「ぼく」と先生が目指した正しさとは
私は初めてこの物語を読んだ時、ぼく視点でこの物語を読んでいました。ただ、最近再び読んだら秋先生視点で読むように変わっていたんです。
「10歳の子どもは守られるべき存在だ。本人がいくら賢くてしっかりしていてもあの結果を招いてしまったのはダメだった。」
大人且つ教育を学ぶものとして強くそう思うようになっていました。
だから、秋先生が本当に「ぼく」を叱ってくれたのが本当に救いになりました。
そして、このインタビューの捉え方が本当に大好きだったんです。
「ぼく」も秋先生も完璧じゃないからこそ好きなキャラクターなんです。「ぼく」は自分を軽んじる傾向があるし、秋先生は容赦がない思考回路の持ち主。その気質のせいで間違うこともあるかもしれないけど、それでもちゃんと彼らは正しさを探していける。強くそう信じられます。
「ぼく」の地獄について
辻村深月さんの作品の登場人物は皆小さな地獄を抱えていると思っています。地獄っていうのは簡単にいうと心に深く根ざしているトラウマ。心の奥にある真っ黒い部分。
辻村深月の世界の登場人物たちはその地獄を乗り越える訳ではありません。内包してそれでも前を向いて生きていく。(例外として地獄があった事実すら忘却されてしまうパターンもありますが……)
ぼくの地獄は「賢さ」だと私は考えます。
彼は小学生であるのに、大人の予想を遥かに上回る行動を見せました。そこまでするのかとなるほどの。彼はずっと大人より賢い。周りのことが冷静に見えていて、どうしようもない悪意に関してずっと多く理解していました。だから、自分を糧にして復讐を遂行しようとしました。それが1番確実に悪を仕留める方法だから。ただ彼は賢いけれど等身大の小学生なんです。だから決意をしたとき死を怖いと思ったし、身体にも影響が出たのです。
(余談ですか、作戦決行前のあの様子はある他作品のキャラクターの描写と似てるなと感じています。人は誰かを殺すときも殺される時も思っているよりもずっと心身に不調が出る。どんなに強い意志を持っていても人間は弱い生き物なんだろう)
※突然ですが
高校生の「ぼく」のネタバレ注意※
高校生になった彼は生きるために、その地獄を隠蔽することにしました。彼は人懐っこくて友達思いで何も考えていない等身大の高校生男子であろうとしました。どこか浮世離れしていて飄々としている彼。「賢さ」を周りから隠すことで、ずっと前よりも生きやすくて、悪意からも死からも遠ざかることが出来るのです。つまりこの性格は彼の武装。
だからこそ、私は続編が怖いのです。
罪と罰に向き合う時、彼はその武装を解いて、自分の地獄を見つめ直さなければいけない。
しかも、テーマは私刑はありかなしか。「声」は相手に罰を与える能力。もう私刑をしてしまっている彼にとってそれは自分自身の存在意義を問うテーマになります。
豪華客船という閉塞的な空間で、コンパスという今度は方角を「測る」道具を持って、彼はどんな風に正義を掴み取って行くのでしょうか。
彼の人生に幸せがありますように。
そして、今後辻村深月シアターに展開があると良いなとワクワクしながら待っていようと思います。
おまけ
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